秋田地方裁判所 昭和24年(行)6号 判決
原告 川上亀吉
被告 秋田県知事
一、主 文
原告の請求は、これを棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事 実
第一、請求の趣旨並びに原因
原告訴訟代理人は、請求の趣旨として、「被告が昭和二十三年十二月二十日附で、別紙目録記載の農地を竹内スワに売り渡した処分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として左のとおり陳述した。
(一) 原告は、現在家族七人を抱え、田地一町歩の耕作に専従するものである。係争農地は、戦争中、訴外竹内栄次郎の小作していたものであるが、右竹内は昭和十七年七月単身樺太所在北樺太石油会社に出稼に行き、更に、同十八年十二月同社社員として徴用となり南方に赴いた。
(二) そこで右竹内は、徴用出発に当り原告に対し、係争農地を又小作してくれと申し込んだ。原告は、労力不足を理由に拒絶したが、再三の懇望に、止むなくこれを承諾し、当時帝石に勤務していた長男を退職させ農耕馬を購入、農機具を備えて耕作に専念した。
(三) 而して、原告は、その際、右竹内と竹内が南方より帰還し農耕に従事する場合は係争農地の半分を返還する約束をした。然るところ、右竹内は、昭和二十一年六月南方で死亡したので原告に返還の義務なきにいたつた。
(四) 又本件農地の売渡の相手方となつた訴外竹内スワは、昭和二十二年十一月非農家である伊藤蔵に所定の手続を経ないで自己の耕作田七畝歩を売却した外、同年十二月同部落の川上新一に一反歩をやり又耕作地の一部を宅地に潰廃する等、真に農業経営を維持し、農業に精進する見込みあるものであるか疑わしい。
(五) 以上の次第であつて、本件農地の耕作権者は原告で、訴外竹内スワでないから被告が本件農地を、右竹内スワに売り渡したのは違法である。
(六) 尚被告の答弁に対して、原告が、本件農地の買受の申込をしなかつたことは認める。然し、右は自創法施行令第十七条第五項の売渡の相手方が二人以上ある場合に該当し、しかも昭和町農地委員会が売渡の相手方たり得る資格を有する者に、原告と訴外竹内スワの二人あることを知つていたからである、と述べた。
第二、被告の答弁
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告の請求原因に対し左の通り陳述した。
(一) 原告主張事実中、原告が家族七人を抱え田一町歩を耕作していること、本件農地は、訴外竹内栄次郎の小作地であること、右栄次郎が原告主張の日、北樺太石油株式会社に出稼ぎに行つたこと、その後右栄次郎は徴用となり、本件農地を原告に小作させたこと、又栄次郎は昭和二十一年六月南方で戦死したことは認めるが、その余は否認する。
(二) 訴外竹内栄次郎は、昭和十九年一月一日徴用になり、徴用から引続き応召となつた。而して右栄次郎は、徴用に際し、手不足のため、当時最も懇意にしていた原告に対して、本件農地の一時耕作を依頼した処、原告は快よく承諾したので、栄次郎は安心して徴用に応じて行つた。
而して右農地は、栄次郎が徴用のため、これを耕作することができないので、徴用解除になるか若くは労力が復元して耕作し得るようになれば、全部を返して貰うことにし、それまで一時原告に転貸したものである。
(三) 栄次郎は、昭和二十一年六月二日不幸南方で戦死したが、遺族妻竹内スワは、その農業経営を引継ぎ、努力して本件農地を耕作し得る能力を復元した。従つて、当然、原告は本件農地を右竹内スワに返還すべきものである。尚、当時の社会事情からしても、応召者の農地は、親戚縁者が大事に管理し、応召者に安心して出征出来るように尽すのが一般である。応召者も帰還した時は勿論戦死した場合といえども自家に於て農地を耕作し得るにいたれば返還されるものと郷里の人を信じ後顧の憂なく応召したものである。然るに本人が戦死したことを奇貨として耕作権を主張して土地返還の義務なしということは社会道義に反する行為であるのみならず、農地改革が没道義的行為に陥るのを避けるため、農地調整法第九条に於ても応召により一時貸地の解約は特に認める趣旨の規定があり、自作農法に於ても、このために一時転貸人に売渡し得る規定を設けている。
(四) 訴外スワは夫栄次郎戦死後本件農地の返還を受けようとして、原告にその返還を求めたところ、最初、原告は承諾していたが、昭和二十一年に第一次農地改革が断行され、農地を耕作しているとその土地が自分のものになるというような話が起つたので、原告は前言を飜して返還を拒否した。そこで両者間に争となり、村の有志立会の下に、昭和二十三年まで農地の引渡を延期し、且つ、本件農地は、右竹内スワに於て政府から買受ける旨の念書を取交はして協定成立した。
そこで右竹内スワは、本件農地が買収されるや、訴外昭和町農地委員会に買受の申込みをした。そこで、右農地委員会は、右竹内スワに本件農地を売り渡すことの計画を定め、昭和二十三年三月十五日から同月二十四日まで売渡計画の縦覧に供し、更に右計画は、県農地委員会の承認を得たので、被告は、右計画に基き自創法第二十条によつて、売渡通知書を交付し売渡処分をしたものである。
(五) 訴外竹内スワが、訴外川上新一に田一反歩をやつたというが、それは竹内スワには、よい苗代がないので川上に一反歩の田地をやり、川上の八畝歩の苗代と交換したのであり、又農地の一部を潰廃したとするも、これは隣接宅地の住家の土台際を約三坪潰して使用することを承諾したに過ぎない。竹内スワは、田八反五畝を耕作し、家族七人の農家で、夫の戦死後も農耕を天職とし、鋭意耕作に励み、その間供米も完全に果している専業農家で、本件農地を耕作し、いわゆる安定自作農家たらんとするものである。
(六) 本件農地の売渡の相手方は竹内スワ一人である。原告の主張するように相手方が二人でないから自創法施行令第十七条第五項の県農地委員会の承諾は要しない。尚、原告は本件農地の買受の申込みをしていない。(証拠省略)
三、理 由
原告は、本件土地の耕作者は原告であるから売渡しの相手方は原告とすべきであつて、訴外竹内スワに対し売り渡すべきではない。竹内スワとしたのは売渡しの相手方を誤つた違法のものであると主張する。よつて案ずるに、本件農地は、亡竹内栄次郎の小作していた土地であつたが、右竹内が徴用となり原告に又小作させるに至つたこと、又竹内は徴用から引続いて応召となり、昭和二十一年六月南方で戦死したこと、被告が昭和二十三年十月二十日附で右竹内の妻スワに対し本件農地を売渡しの処分をしたことは当事者間に争がない。
成立に争のない乙第一号証、証人竹内敬太郎の証言及び原告本人尋問の結果の一部を綜合すれば、本件農地は亡竹内栄次郎が原告に昭和十九年から右竹内が徴用解除となるか、若くは竹内家の労力が復元した場合に返還することの約束で、又小作させていたものであること、右竹内は、昭和二十一年六月南方で戦死したが、竹内の妻スワは、同家の労力が復元して来たこと故、原告に本件農地の返還を請求し、両者間に争となつたが、ついに同年十一月十一日原告と竹内の妻スワとの間に、昭和二十二年及び昭和二十三年は、原告が本件農地を耕作し、その作刈終了後に、これを竹内スワに返還すること、並びに昭和十九年から三ケ年間原告が本件農地の耕作を続けて来たけれども、その自作農申請は原告に於て為さない旨の契約をしたことを認めることができる。右認定に反する証人川上専之助の証言及び原告本人尋問の結果の一部は、これを信用しない。
果して、然らば、本件農地に対する原告と亡竹内栄次郎との契約は、右竹内が徴用(引続いて応召)となつたため、自ら本件農地を耕作することができなくなつたので、原告に一時転貸し、その後右竹内の妻スワが竹内家の労力が復元したので、その返還を求めたが昭和二十一年十一月十一日、原告に昭和二十二年と昭和二十三年の二ケ年に限つて耕作させ、その後は、スワに於て返還を受ける契約をなすにいたつたものであるから、自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称す)施行令第十七条第一項第五号にいわゆる一時転貸とみるのが相当である。且つ、一時転貸の場合、当該農地の売渡しの相手方は、一時転貸をした者であること自創法第十六条、同法施行令第十七条によつて明かである。のみならず、原告は右竹内スワと、本件農地について自作農申請をなさない旨の特約をなし、その上、本件農地について買受けの申込をしていないこと原告自らの認めるところであるから、被告が本件農地の売渡しの相手方を原告としなかつたのは違法ではない。
仍つて、他の点について判断するまでもなく原告の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した次第である。
(裁判官 百武一 安田忠治 阿部哲太郎)
(目録省略)